初めまして”rin”です。専業主婦の母と転職族の父の元に生まれました。不安定な生活の中ぬくぬくと比較的幸せな家庭の中育ちました。毎日その日暮らしな職につく父の背中をみて、安定的な仕事に就きながら夢を追いたいと思い、医療業界に就職しました。大学で出会った主人と結婚し、娘3人授かることができ、マイホームも購入し順風満帆な生活を送っていました。
気づいたら、夢を追う暇もなくアラフォーになってしまいました。
始まりは。
医療職に就職した頃はがむしゃらに前だけ見て働いてました。新しい仕事を覚えるのは楽しく、自分の仕事が患者様のためになった時はとても嬉しかったです。娘が生まれ、家事と仕事の両立で目まぐるしい毎日を迎えました。あの頃は周りを見る余裕すらなかったです。忙しい毎日でしたが、主人の協力もあって乗り切ることができ娘達の成長が私の仕事のモチベーションでした。
そこから10年。娘達も成長し、家事も手伝うようになり時間に余裕ができるようになりました。余裕が出てきたせいか、職場で見えてこなかったものが見えるようになってきたのです。上司のパワハラ、ネットサーフィンばっかりして仕事押し付ける先輩、愚痴ばかりする同僚。今まで気づかなかったのに気になるようになり、毎朝起きて仕事行くのが億劫になりました。
30代後半になり、持っていた資格の更新試験、上司から打診された昇任試験を受けることになり、国家資格受験以来久しぶりに試験勉強をしました。
…とても苦しかったです。徹夜で暗記できるような柔らかい頭をもった若かりし頃と違って、その日に覚えたものが頭に定着するまで1ヶ月かかりました。1日1時間設けた勉強時間がとても苦痛で苦痛で。初めて地獄のような日々を味わいました。試験は無事合格できましたが、昇任したら次は中間管理職として、その次は管理職として仕事を覚えなければなりません。定年まで一生頑張らないといけないんだなと思った時気づいたんです。
私。。。。”この仕事好きじゃない!”
決め手となったのは
3人の娘の教育費や住宅ローンもある。生活はしていかなきゃいけない。仕事は好きじゃないかもしれないけど、家族のためにこの生活維持するためだけに仕事を頑張ろう。毎朝、以前より錘が増えた足を引きづりながら、仕事に向かってました。
アラフォー一歩手前の年末年始、主人の実家への挨拶を終え自分の実家で夕飯をご馳走になってた時、父が私に言ったんです。
「俺は後悔ばかりの人生だった。お前はそうならないように後悔のない人生を送りなさい。」
・・・深く考えさせられました。定年まで生活のためだけに好きじゃない仕事を続けていいのか?人生80年、100年時代に入りつつあるけど50や60歳で病気で亡くなった患者様もたくさん見てきて、定年迎えたら元気に好きなことできる保証なんてどこにもないのにこのままでいいのか?
決意しました!
私ももうアラフォーです。日本女性の平均寿命は約88歳と言われ、人生の折り返しに来ました。
毎日屍のように生活するお金稼ぐために仕事したくない。
時間にとらわれず、好きな事だけして生きて行きたい。
諦めた夢をまた追いたい。
寿命を迎えたその日に「いい人生だった」と言いたい。
rinは決意しました。経済的自由を得て、FIREを目指します‼️
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